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舌痛

60代♀

主訴:数年前から舌先がピリピリし口が乾く、動悸イライラ

メイラックス0.5㎎、抑肝散を内服するも変化なし

一日中舌先のピリピリした痛み、やる気が出ない

1時間の問診と体表観察で、弁証は肝鬱化火

左後谿に1寸1番で10分置鍼(切皮程度の刺入)

2日後に第2診、翌日から主訴消失、気分も明るくなる

脈は沈虚なので抑肝散は強すぎるのでは?

お薬の内服もいらなくなるでしよう

自分に厳しく

臨床を始めて25年

患者さんの病が癒えていくことは

さらなる高みを目指す勇気を与えてくれる

一つの病が治っても気を緩めてはならない

我が身を振り返ると、常に反省と自戒の日々

ヒトの身体は季節、環境の変化、ココロのあり方で

常に動いている、毎日がいつも同じではない

患者さんと対峙する時、自分のココロは常に平常心、動揺してはならない

ココロを無にして直感的かつ、繊細に体表を観察することが

癒えにくい病を治癒に導くことに繋がると信じて

日々の臨床をさせてもらっている

人生を数倍生きる法

師匠の藤本蓮風先生の著書

『数倍生きる』

藤本蓮風先生のブログ”鍼狂人の独り言”の中で

「人生を数倍生きる法」の内容を整理、編編集した本である

世に溢れる単なる自己啓発本ではない

モノにあふれた時代だからこそ

ココロの豊かさが求められている

【目次の一部】

無駄なエネルギーを使うな

人を許すこと

自分を誉める

柔軟な心

何故生きるのか

探求社発行 1800円

AMAZONでも注文できるので

人生に迷ったら是非読んで頂きたい一冊

直感力を鍛える望診

東洋医学の重要な診察法のひとつに「望診」がある

「望診」とは患者さんの表情、姿勢、動き方、顔の気色、肌肉の状態、etc・・・

ありとあらゆる視覚から入ってくる情報を得ることをいう

ココロのありようも見て取れるようになると一人前

長年臨床をしていると、何気なく直感的に人を診る習慣がついているので

患者さんだけでなくスタッフへや家族、友人にも無意識で望診をしている

臨床家は「直感力」がとても大切

「病を見分ける直観力」を養うには長い時間がかかるが

個人差もあり1~2年で優れた能力を発揮することもある

休日でも人がいれば常に人間観察をすることだ

七情とは

七情の解説

喜ー喜び過ぎると心気が緩慢になり、ぼんやりとして物忘れがひどくなり
  
  動悸・不眠・ときに心が落ちつかなるといった症状がでる

怒ー怒が過ぎると肝気が血とともに昇り、頭痛・顔面紅潮・充血・時に卒倒する

憂ー憂が過ぎると肺を傷り、思と合わさることで脾を傷りえる

思ー思が過ぎると脾気が停滞し、脾の運化に影響する

悲ー悲が過ぎると肺気を消耗させ、息切れや、元気がなくなり疲れやすくなる

恐ー恐が過ぎると腎気が沈み、二便の失禁やときに失神する

驚ー驚が突然起きると、心気が阻害され、動悸や情緒不安定になる

七情と五志

東洋医学では

内傷病の発病要因として「七情の過不足」に注目する

七情とは

感情としての喜・怒・憂・思・悲・恐・驚・の総称

これが過度になったり、長引くと病を引き起こす

五志とは七情の中でも特に

喜・怒・思・憂・恐・の五つの感情をいう

この解説は次回に・・・

アラン幸福論その7

楽観主義者が誓いを要求することがよく分かる

はじめはどんなに奇妙に見えようとも、幸福になることを誓わねばならなぬ

≪アラン幸福論≫より

幸福は与えられるものではなく

自分の”意思”によってつくりだすものである

人間が市民生活で生きていくからには

それを誓わねばならない・・・アランはそう述べている

待っていても幸福は訪れない

そのためには能動的な強い意思が必要なのである

アラン幸福論その6

人ごみの中でちょっと押されたぐらいなら

まず笑ってすますものと決めておきたまえ

笑えば押し合いは解消する

なぜなら、自分がちょっと怒ったことを誰もが恥じるからだ

そうすれば、あなたはおそらく大きな怒りを

すなわち小さな病気を免れる

私の考えている「礼節」とはそういうものだ

つまり荒ぶる情念をなだめる体操なのだ

≪アラン幸福論≫より

アラン幸福論その5

自分一人で幸福になる者は

他の人たちによってさらに幸福で強くなるであろう

たしかに幸福な人たちは良い取引を、良い交換をするだろう

人に幸福を与えるなためには自分自身の内に幸福を持っていなけらばならない

≪アラン幸福論≫より

我々の携わる”医療”という仕事の意義はこの言葉に集約されている

アラン幸福論その4

私たちは自分の幸福を行動によって生み出していかなければならない

とアランは主張している

そうして手に入れた幸福にこそ価値がある

幸福はいつでも私たちを避ける、と言われる

人からもらった幸福などというものはおよそ存在しないものだ

しかし、自分でつくる幸福は決して裏切らない

≪アラン幸福論≫より