ナラティブとは・・・?

 
ナラティブとは・・・
 
ひとことで、「物語」のことです
 
 
患者さんの病(病気)には、それぞれの患者さんで異なった“物語”があります。
 
その物語を医師(医療者)が認識し、吸収し、それに心動かされて行動する医療のことを
 
ナラティブメディスンといいます。
 
 
患者が、自身の経験をどのように意味づけているのか、
 
自分の体験をどのような言葉で語るのか、に注目することが重要だと言われています。
 
 
今日、僕が実際に遭遇した場面です。
 
 
患者「先生、私っていつまで鍼治療を続けたらいんでしょうか。」
 
私「あなたの症状は、鍼治療をやめてしまうと悪くなる可能性があります。
 
これ以上悪くさせないためにも、できれば週に一回の治療を続けましょう。」
 
患者「・・・わかりました、そうします。」
 
 
この後、この場面でとっさに出た自分の発言にとても後悔しました。
 
僕は、この患者さんの「いつまで続ければいいのか?」という問いを
 
「いつになったらよくなるの?」という言葉で解釈しました。
 
その言葉の解釈に対して、「鍼治療は予防の目的があるので、症状がこれ以上辛くならないように定期的に続けましょう」
 
という意味を持って患者に説明しました。
 
でも、実際に自分の口から出た言葉とは、ずいぶんニュアンスが違うように思います。
 
 
では、なぜこのようなことが起こるのでしょう・・・???
 
 
つづく・・・

鍼灸院と病院・診療所の連携について

埼玉医科大学の調査によると、ランダムに4つの都道府県の医師に
 
「鍼灸を患者にすすめたいか?」という質問をしたところ
 
約26〜45%の医師が「鍼灸を勧めたい」と答えました。
 
その中で、実際に「鍼灸治療院と連携がある」と答えたのは約7~13%程度でした。
 
 
「実際に紹介したいけど、繋がりがない。」
 
「鍼灸はなんとなくいいと思ってるけど、どこに紹介すればいいのか・・・」
 
このように考えている開業医の先生や、大学病院の先生は意外と少なくないのだと思います。
 
 
慢性疼痛、筋骨格系・内臓・自律神経系の機能障害などは、西洋医学では対応が難しく、
 
治療に苦渋するケースが少なくないです。
 
 
医師に対して、鍼灸治療の良さをアピールしていくかが課題です。
 
当院も、近隣の診療所と紹介状のやり取りをしたり、大学病院との繋がりができたりと、
 
徐々にですが、“連携のかたち”ができつつあるように感じます。

医療連携は大切!

 

 
今日は、脳神経外科との医療連携により、
 
適切な治療を受けることが出来た症例をご紹介します。
 
 
82歳 女性
 
主訴 腰〜殿部の痛み、両側の足趾の異常感覚
 
8月頃に腰痛の為、近所の整骨院でマッサージを受けた後から、腰痛が悪化。
 
「マッサージはとても痛かったけど我慢しました。」とのこと。
 
以前、圧迫骨折の既往があり入院歴あり。
 
随伴症状として、排便したいが少しずつしか出ない。
 
尿が出づらいなどの症状がありました。
 
 
身体所見・神経学的所見(専門的用語です)
 
明らかな筋萎縮、筋力低下はなし。
 
右足クローヌス陽性、アキレス腱反射減弱、ロンベルグ徴候陽性
 
脊椎叩打痛なし
 
 
これらの所見から、この患者さんは脊髄になんらかの問題があると考えられます。
 
「腰痛+便や尿が出にくい」という症状は“膀胱直腸障害”といって
 
膀胱や直腸につながる重要な神経が障害されている可能性があるため
 
鍼灸院では不適応(レッドフラッグ)となります。
 
 
迅速に、脳神経外科へ紹介状をお書きし、受診してもらいました。
 
結果は、予想通り「脊柱管狭窄、馬尾障害による膀胱直腸障害」の診断。
 
(※腰の脊髄が圧迫され、排尿や排便に関わる神経が障害されているという診断です。)
 
患者様は、すみやかに大学病院へ紹介され手術予定となりました。
 
 
鍼灸院でよく遭遇する「腰痛」や「しびれ」の中には、
 
重要な疾患が隠れている場合があります。
 
 
私達の治療院では、このような症例の見逃しがないようトレーニングし、
 
適切な医療機関への紹介を心がけていますので、患者様には安心して受診して頂けます。
 
 
ご高齢者の腰痛は、注意深い観察が必要ですね。
 
改めて医療連携の重要性を感じた症例でした。

ケニア渡航日記 -ものづくりと、ものがたり-

私達が最後に訪れたのは、首都ナイロビから20kmほど離れた小さな村にある
 
「マトマイニ・チルドレンズ・ホーム」という孤児院でした。
 

 
この孤児院をつくったのは、日本人女性の菊本照子さんです。
 
「ケニアの孤児や困窮状態におかれた子供の救護と保護養育」を目指し、1987年に設立されました。
 
30年間で約150名ほどの子供が卒園したそうですが、現在は孤児院としての役割としてではなく、
 
シングルマザーのお母さんたちに「ものづくり」を通して就労の機会を与える場所になっているそうです。
 
 
ここでの「ものづくり」とは、フェルトをつかったアニマルや、アクセサリーのことです。
 
職業訓練を受けた母親たちは、自分の作った工芸品の売上の一部を収入にして、子供の学費や生活費にあてています。
 
 
羊毛からつくられたフェルトは鮮やかに染められていて、ひとつひとつ針で突いてスポンジに馴染ませるそうです。
 
 

  

 
 
どの作品も違った表情でとてもかわいらしいです。
 
アニマルひとつひとつにお母さんの名前が書かれたタグがつけられています。
 
母さんたちの人生の「ものがたり」がタグを通して浮かんでくるようで、大切にしたいと思いました。
 

    

 
 
僕はいくつかのアニマルを購入して治療院の受付、待合に飾ることにしました。
 
機会があれば、アニマルの表情とそこに書かれたネームタグをみて
 
「ものづくり」を通したシングルマザーたちの「ものがたり」に思いを傾けてみてください。
 
 
 
マトマイニ・チルドレンズ・ホーム
 
フェルト工房や、それをつくるお母さん達のものがたりが紹介されています。
https://scckenya.xsrv.jp
 

ケニア渡航日記 -障がい児と家族のための総合ケア-

 
そろそろ渡航日記も終盤になりました。
 
9/21
 

 
スラムを抜けると、レンガ造りのきれいな建物が見えてきました。
 
「The Garden of Siloam」は、障がい児と家族の包括的・総合的なケアを行う施設です。
 
この施設に通っている87人の子供たちは、脳性麻痺、交通事故後遺症、てんかんなど
 
それぞれ障がいを抱えながら生活を送っています。
 
 

 
 
この施設をつくった公文和子先生のお話を聴くことができました。
 
 
彼らが障害を持って生まれてくるのは、ケニアの様々な情勢が影響しています。
 
正常分娩が行えたとしても、新生児のケアが適切にされないために
 
脳性麻痺などの後遺症が残ってしまうことがあるそうです。
 
また、日本のような療育制度が進んでいないため、障がい児の治療をしたり
 
適切なリハビリテーションをうけることが出来ない現状があるとを知りました。
 
 
この施設では、発達別にクラス分けされていて、それぞれの能力にあったリハビリテーションが受けられるようになっています。
 
お母さん同士のグループセラピーや、親子で参加する運動会などのイベントも開催しているそうです。
 
障害は、「出来ない」ではなく「違った形でできるようにする」こと。
 
という公文先生の言葉が印象的でした。
 

 
障がいを持った子供が、他者から受け入れられること。
 
親同士がお互いに支え合い、認め合うこと。
 
 
このような互助によるコミュニティーは、まさに日本が「地域包括ケアシステム」のなかで
 
構築しようとしている社会のあり方です。
 
社会保障制度の整っている日本とケニアを比べることは出来ませんが、
 
「The Garden of Siloam」で実践されている活動は、
 
これから日本の目指すべき「最強の地域医療」といえるのではないでしょうか。
 

ケニア渡航日記 -HIV陽性の子どもたちを支える学校-

9/21
 
私達は、4日間の医療キャンプを終え「カボンド」という村にある、
 
HIV陽性や障がいを持つ子どもたちの小さな学校を訪問しました。
 
 

 
 
この学校は日本の保育園〜小学校にあたる施設で、50人ほどの子供たちが通っています。
 
なぜ、HIV陽性の子どもたちの集団があるのか?
 
それは、生まれたときからすでにHIV陽性を持ってしまった子どもたちは、
 
周囲のまちがった偏見や差別により十分な教育がうけられないからです。
 
 
しかし、実際に学校に行ってみると、そこには子どもたちの可愛い笑顔と
 
素敵なダンスが僕たちを歓迎してくれました。
 

 
 
校舎は、土で塗り固められた壁と、簡単なトタンの屋根で中にライトはありませんでしたが、
 
太陽の光が差し込んだ教室内は、子供たちの学びに対する意欲と喜びに溢れているように感じました。
 

   

 
 
彼らは、日本では捨ててしまうようなメモ帳を大切に授業ノートとして使っていました。
 
紙きれ一枚の大切さは、きっとここに来て初めて理解したように思います。
 
 

 
 
環境が整っている日本の教育と比べるのはそもそも間違っているかもしれませんが、
 
自分に与えられた環境や、ものに感謝して生きることの大切さを改めて感じました。

ケニア渡航日記 -村人たちへの鍼灸治療-

鍼灸治療は、現地の村人たちには連日大反響(?)で、
 
待合にあふれるほど列をつくって、鍼灸の順番待ちをしていました。
 
 

 
 
日本語が通じない海外での施術は、私自身始めての経験でした。
 
通訳はいるものの、英語は中学2年生レベルなので単語でのやりとりがやっと・・・汗
 
学生の頃、初めて臨床の現場にでたときの“緊張感”や、
 
普段の治療院では感じない“焦り”がじわじわ出てきて、初心が思い出されました。
 
 
最終的に4日間通して、全患者数は874名、鍼灸受療者数は367名でした。
 
来院された約40%の患者さんが鍼灸治療を受けたことになります。
 
 
運動器系愁訴が圧倒的に多く、現在集計中ですがおそらく60~70%近くは、
 
中〜高齢女性の腰痛が占めていると思われます。
 
ヘルスセンターの周囲は農業で生計をたてているところがほとんどで、
 
広大な畑を耕すのも一苦労。
 
腰、膝などの関節の負担がとても大きいのでしょう。
 
中には、関節リウマチが進行して、骨が変形している方もいました。
 
 

 
 
短い治療時間の中で、「こんな治療でいいのか?」と思うことはたくさんありましたが、
 
施術後、笑顔で「Asante」と言ってくれたときは、本当に安心しました。
 
「Asante」は「ありがとう」という意味。
 
我々のチーム「アサンテナゴヤ」の由来です。
 

 
ボランティアのベロニカには、通訳、患者の誘導、問診など大変助けられました。
 
 
つづく・・・

ケニア渡航日記 -僻地 ゲム・イースト村に到着-

9/16〜9/19
 
いよいよ、今日からゲム・イースト村での医療活動が開始。
 
私達が活動するゲム村は、ホテルのある「キシイ」から約10km内陸へ進んだ、
 
ビクトリア湖という湖の奥地にあります。
 
デコボコの赤土のうえをバスに揺られること約30分。
 
「セントテレサ アサンテナゴヤヘルスセンター」に到着。
 

 

 
 
ここでの我々の活動内容は主に、
 
1.HIV,梅毒,マラリアの検査・治療を実施する(看護師、薬剤師が常駐しています)
 
2.通常の外来診療(皮膚科、小児科、内科の専門医の先生が診療にあたります)
 
3.鍼灸治療(鍼灸師3名で診療にあたります)
 
これらのすべては、無料で提供されます。
 
診療の流れは、①受付 ②医師の診察 ③検査 ④投薬 の順番で進みます。
 
医師により鍼灸治療が必要と判断された患者は、鍼灸師へ紹介されます。
 
 
私達の仕事をサポートしてくれるのは現地のRUNELDというNGO団体です。
 
RUNELDが集めたボランティアの方々が、通訳や患者の案内をしてくれます。
 
彼らには、本当にいろいろな場面で助けてもらいました。
 
 
すでに、朝8:00から待合には大勢の人。
 
忙しい、4日間のスタートです。
 
 

 
つづく・・・

ケニア渡航日記 -ナイロビからの大移動-

9/15 ナイロビからの大移動
 

 
 
我々アサンテナゴヤの活動地は、首都ナイロビから約300km先の
 
「ゲムイースト村」というところにあります。
 
この日は移動日のため、朝から出発して、半日かけてホテルのある
 
「キシイ」というところまで大移動します。
 
 
 

 
 
途中、休憩所に立ち寄りケニアのサバンナを一望することができました。
 
どうやら“SNS映え”スポットらしく、多くの外国人客が写真撮影していました。
 

       

 
 
道中は、広大なトウモロコシ畑やサトウキビ畑が広がり、
 
そのスケールの大きさを前に「あーケニアに来たなぁ」と改めて実感が湧いてきました。
 

 
 
去年は、バスのトラブルや、道中の教会で火事があったりとハプニングが多かったようですが
 
今回は、安全にキシイのホテルまで到着することができました
 
 
キシイは病院、ショッピングモール、市場などがあり、人と車で溢れかえっていました。
 
また、ケニアは左側通行なので国産車が多く、特にトヨタ車は耐久性に優れているので最も人気があるとのことです。
 
 

    

 
宿泊したホテルは意外(!?)ときれいで、とても快適でした。
 

 
 
いよいよ、明日は農村地域の「ゲム村」へ!
 

ケニア渡航日記 -メンバーとの出会いとアフリカ上陸-

お久しぶりです。
 
10日間のケニア渡航を終え、無事に日本へ帰国しました。
 
僕は、ケニアで奇跡のような10日間を過ごしました。
 
様々な人と出会い、ケニアの貧困や医療の現状を目の当たりにして、
 
自分が、今ここに生きていることの価値観が大きく変わりました。
 
現地の農村地区や医療施設で見て感じたことを
 
少しずつ書いていこうと思います。
 
アサンテナゴヤについて
http://asante-nagoya.com
 
 
 

 
9/13
中部国際空港で、アサンテナゴヤのメンバーと初顔合わせ。
 
メンバーは、医師、看護師、薬剤師、医学生など様々。
 
お見送りの石川先生を含め、皆さん温かく迎え入れて頂きました。
 
空港では、支援物資(医療機器、子供服や靴、文房具など)をそれぞれ分担してスーツケースに詰め込みます。
 
重量30kgギリギリまで詰め込み、いざ出発!
 
 
中部→北京経由→アブダビ(トランジット)を経て
 
合計16時間の長旅の末、ナイロビに上陸!
 
 
 

 
ナイロビ空港の到着ロビーは、プレハブで殺風景な雰囲気。
 
なんとロビーは、以前火事があったらしく現在改装(?)しているとのこと。
 
 
 
荷物検査では、現地の検査官にあれこれ質問をされて、足止め喰らいました。
 
毎年恒例のようです。笑
 
ケニアは、赤道直下ですが、標高が高く日中もそれほど気温が上がらないため、
 
とてもカラッとしていて過ごしやすい環境でした。
 
 
 

 
 
その日は、ナイロビのホテルに宿泊し、明日からの医療活動に備えます。
 
 
 
つづく・・・