ことばは絶対ではない

「道」は本来無限定なものである

したがって、ことば=概念による区分も、一時的なものに過ぎない

にもかかわらず、ことばを絶対視するからこそ

事物を差別と対立の相においてのみ捉えることになるので

例えば「左」ということば=概念に対しては「右」という対立概念が生まれる

こういった相対的な分類に基づいて「秩序」と「等級」が形成され

「差別」と「紛争」をもたらした

これこそ人間が知によって得た八つのものなのである

だからこそ聖人はいっさいの現象をあるがままにまかせて論じようとしない

一般の人びとは、ことばを絶対視してたがいに是非を争いあう

つまり、ことばを絶対視し、是非を論じるのは

「道」を理解していない証拠なのである

≪荘子より抜粋≫