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東洋医学には大別すると、「チベット医学」「インド医学」「中国医学」に分けることができます。
現在、日本で主流になっているのは「中国医学」で、ここでは「中医学」と略しております。「中医学」には“鍼灸医学”と“湯液医学”のふたつがあります。
“湯液医学”とは生薬を調合する“漢方薬”のことです。
当院では「中医学」の中の“鍼灸医学”を専門に研究して、臨床に用いています。
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西洋医学は戦後急速に進歩を続けてきました。抗生物質や新薬などが次々と開発され、それまで不治の病だった結核や多くの感染症が治療できるようになり、激減しました。
時代は移り変わり、感染症に取って代って増えてきたのが癌、糖尿病、痛風、動脈硬化などの成人病です。加えて西洋医学には治療法のはっきりしない慢性疾患や難病、自覚症状があっても検査では異常がみられない疾患、ストレスなどが原因の「現代病」など、いままでにはみられなかった病気が次々と登場するようになりました。
体質やさまざまな原因が複合しておこる病気は、西洋医学での治療はなかなか難しい面があります。一方、東洋医学では、「証」というものさしから、1人ひとりに適応した治療法を見つけだすことができます。そのため、東洋医学の治療手段が再び注目され、期待が集まっています。
ところで「現代病には」日常生活のなんらかが影響している「ライフスタイル病」も多く含まれています。実はこれこそ東洋医学が得意とする病気です。「ライフスタイル病」は、体内のバランスが崩れて病気になりかけている状態です。
症状が軽いと、それだけ鍼灸治療の効果が発揮され、病気が本格化するのを防ぎます。
東洋医学には、「未病を治す」という言葉があります。病気は大きくなる前に治す方がよいとして、予防医学としても重視しています。
東洋医学では、その人の生活や背景を含めて、鍼灸師と患者が一対一で向き合いながら治療方針を考えます。どのように健康を維持していくかも治療の大きな目標に入ります。西洋医学にはない「個」に対応した医療、また予防医学として、東洋医学の役割が求められています。
西洋医学では、病気そのものに的を絞って治療しますが、東洋医学では全身のバランスを調えることによって、体が本来もつ抵抗力などを高めて病気を治療します。この点が西洋医学と東洋医学の大きな違いです。
また、東洋医学の場合、目や鼻など体のどこか一部分の病気でも、部分だけを治療することなく、全身から異常や原因を診て治療方針を立てます。鍼灸治療では使うツボ、鍼の種類、ツボへの刺激の仕方もその人の体質、体力、病気の状態によって様々に使い分けます。
高齢化社会をむかえ、このような1人ひとりに対応したいわばオーダーメイドの鍼灸治療が求められています。
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北方から移住してきた遊牧民によって形成された、黄河文明圏。この地域では、鍼灸療法という中国医学の重要な流れの一つが発達しました。
乾燥した不毛な地帯を転々としていた遊牧民たちは、病気になっても薬にできるような植物を求めることができず、厳しい気候のため全裸になってマッサージをするといった治療を試みることもできませんでした。このため治療に際しては、遊牧民の生活必需品である鋭い石器や骨器を利用することを、また、衣服を脱がないですむ手足や頭部の露出部位に治療行為を加えることを徐々に学んでいったのではないかと推測されます。その結果、手足や頭部に鋭い器具で刺激を加え、また鬱血を除去するために瀉血(“しゃけつ”といい皮膚から血液を搾り出す治療)を行いました。
こうした治療を繰り返すうち、ついに「経穴(ツボ)」や「経絡(ツボをつなぐ線)」の発見という偉業に結びついいていったのではないかと考えられます。
長年模索し続けた経験の蓄積から、身体には特定の部位に有効な、刺激点があることが発見されたのです。そして、金属文化が発展してことによって、細い金属針がこの刺激点に使用され始めました。これが効果をもたらし、効果は法則として蓄積され、経験則が培われてきました。
黄河文化圏に発生した鍼灸医学は、漢代になって集大成され、体系的に記述されるようになります。鍼灸医学について記された代表的な古典文献は『黄帝内経(こうていだいけい)』といい紀元前1世紀の漢代に集大成されたのです。
この古典的教典である『黄帝内経』は現在でも、中国の中医学の医科大学である中医学院で鍼灸学の教科書として学ばれています。紀元前に書かれた教典が現代の医学教育にも有効であることは、驚異でもあり、古典を重要視する中医学の特徴のひとつといえるでしょう。
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